デンタルサークル『脳の秘めたる底力 』4/右脳を4分の3失った青年

東北大学の脳の先生が取材をした、右脳を 4分の3 失った青年のお話です。

 

こちらは、2008年・2009年にテレビ報道されました。

 

2005年、大学に受かったから・・ということで、

両親がパソコンをプレゼントしてくれることになりました。

 

そして、自転車でパソコンを買いに出かけました。

途中、車にぶつかってしまうという交通事故に遭ってしまいました。

 

頭蓋骨がなくなってしまいました。 

そのため、脳も飛び出してしまい、

植物状態になってしまいました。 

ご両親は、それでも何とかしてほしい・・ということで

6回 手術を行いました。

 

 

6回の手術の途中、両親が話しかけても それが両親だと分からないんです。

そこまで脳がおかしくなっていたんですね。

 

6回めの手術の時に、頭蓋骨をチタンで覆いました。

そのことによって、頭蓋骨が安定していって、記憶が戻ってきました。

 

脳というのは グニャグニャしているので、チタンで覆った・・ということです。

  

お父さんが会社を辞め、両親揃って この子を一から・・赤ちゃんの状態から

育てなおすということを始めました。

これは凄いことだなと思いました。

 

そういう取り組みをしたものですから、代償機能が発揮されていき、

2008年9月には、大学に復学するまでになりました。

 

※ 代償機能とは?

   死んだ組織に代わり、生き残った細胞が

   新たにネットワークを作って働きを補うこと

 

  

ここまでのお話は、「脳に致命傷を受けても、元に戻る力を 脳は持っている」という

お話でした。

ただ、これには、良い方に出会うことが大事ですね。

 

 次回は、『知能』のお話です。

このお話以降は、年明けになります。お楽しみに。

 

デンタルサークル『脳の秘めたる底力 』3/左手だけのピアニスト

左手だけのピアニスト。

これは、2005年・2009年に テレビでも

報道されました。 

国際的な男性ピアニストの 舘野泉さん のお話です。

 

 

1936年生まれですので、現在73歳くらいでしょうか。

この方は、フィンランドの国費で生活をされています。

世界中で演奏会をしていて、たまに日本を訪れて、私は、2007年の演奏会の時に

左手だけでピアノを弾いている この方に出会いました。

 

 

今年、この麻痺していた右手が鍵盤上で動くようになりました。 

2001年に演奏会で倒れ、脳出血で右半身不随になり、

お医者さんには、ピアニストとして活躍するのは 

もう難しいでしょうと言われました。 

 

「やれば、できる。」

 

この 「やれば・・・・」 というヒント。 

 

長男の方が、フィンランドにいるお父さんの所へ

お見舞いに行ったんです。

(※ 長男の方は日本人です。) 

「どうよ・・・」という感じで、フィンランドまで

お見舞いへ行ったのですが、

生活の方は何とか安定してきたけども、

ピアノが左手でしかできないので 苛立っているのが分かったそうです。

 

長男の方は 3日ほど フィンランドに滞在したのですが、

帰った後に、このお父さんのピアノの上に、

左手だけで弾く楽譜が置いてあったそうです。 

だけど、最初は

「ピアノは両手で弾くものだ!」と、馬鹿にしたそうです。

 

1週間ほど 触らなかったそうです。

 

でもね・・・自分の子どもが置いていった・・・・その想いを感じて、

自分で恐る恐る楽譜を開いて、ピアノを弾いてみたのだそうです。

 

そしたら、左手だけでもピアノが楽しめる・・・ということが分かったといいます。

 

それから、ピアノを一生懸命 弾くようになった。

 

それが、脳に刺激を送ってくれた・・・ということでしょうね。

 

私の家内の母親も 3年ほど前に 脳梗塞で倒れ、半身不随になりました。

ただ・・・母にはピアノがありました。

ですから、ピアノを通してリハビリをしました。

少しばかり、痴呆症が出ましたが、これは仕方がないことだと思いました。

麻痺がなくなり、「自分で動けない」ということからは脱しました。

 

やれば、やっただけのことはある。

 

・・・・・今日は、そんなお話でした。

 

次回は、『右脳を4分の3失った青年』というお話です。 

 

デンタルサークル『脳の秘めたる底力 』2/前頭葉

前頭葉 とは、オデコの張りのある部分にあります。

意欲やコミュニケーションなど、主に、『人間らしさ』を司るところで、

「人間らしさの脳」と呼ばれています。

 

 

小さいお子さんが育っていく時に 

急に オデコが張り出してくる時期があります。

昨今、いろいろと事件が起きていますが、

この前頭葉の働きが悪いと思ってください。 

悪いから人を殺したり、悪いことをするのです。

 

 

私が1988年に出会ったAさんは、生まれつき 脳の障害を持っていました。

そして、2歳半の時に前頭葉の半分を失いましたが、早期発見をして、

早期に行動療法・音楽療法の治療をしてきましたので、日常生活での自立を果たすことができ

現在は、普通どおりの生活をしています。

 

 

1993年に出会ったⅠさんは、Aさんのように早期発見・早期治療ということができませんでした。

生まれて間もない 生後3週間目に、突然 高熱を出しました。

 

お医者さんからは 「風邪です。」 と言われました。

 

39度台の高熱が続き、薬をもらうために 毎週 病院へ通っていましたが

1ヶ月経ってもダメだったそうです。

そして、お医者さんを変えました。

 

そしたら、病名が分かりました。

 

脳の病気 だったんです。

 

結局、ずっと放っておいたということに

なってしまったんですね。

その間に、脳の病気が進んでしまった・・・・。

 

 

2ヵ月後には体と知能に障害が出て、「知能に障害が残ります。」と言われてしまいました。

 

3歳の時には激しい ひきつけを起こし、手術をすることになり、

前頭葉を半分失うことになってしまいました。

 

ですから、この時には 人間らしさがなくなってしまった ・・・ということなんですね。

 

このお母さん、この子のために 一生懸命やりました。

しかし、長い間、 『出会い』 がなかったんです。

 

月日は流れて・・・・・・Ⅰさんが19歳の時に、 『出会い』 が起こりました。

 

大阪芸術大学の ノダ先生です。

この大学は、音楽の専門の学校で、音楽運動療法というものを行いました。

 

 

この音楽運動療法、どんなことをするのかというと、

音楽をかけて、その音楽に合わせて トランポリンを飛ぶんです。

そうやって、脳に刺激を送るんですね。

 

 

 

ただ・・ここが、他と異なるのは、 生演奏 なんですね。

 

ノダ先生と、そのお子さんが 一緒にトランポリンを飛んでいるのを見ながら、

それに合わせての生演奏なんです。

 

さすが、音楽の大学だな・・と思いますね。

 

残念なことに19歳までは歩けなかった・・・・それまで歩けなかった子が

治療を開始して 1年後に 歩けるようになりました。

 

すごいですよね。

 

そして、この刺激を続けていたら、特別なことが起こりました。

 

絵を描かせてみたら、これが上手いんです。

昨年は、個展を開いたそうです。

 

書の方も、最初は、自分の名前を書くところから始め、

なかなか味のある素晴らしい字を書いています。

 

ですから、こういう治療で素晴らしい方に出会うと、年齢が遅くても大丈夫なんだな・・・と

私は、このⅠさんから学びました。

 

普通、年齢が進むと、なかなか難しいのですけどね。

 

 

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次回は、『左手だけのピアニスト』です。